「評価って、いったい何を見てるんですか?」
もしあなたが、社員からそんな質問を受けた経験があるなら、今の人事評価制度には何かしらの“わだかまり”があるのかもしれません。
評価制度は、給与や昇進を決めるためだけのものではありません。そこには組織の価値観、信頼、成長、そして未来が詰まっています。
本記事では、人事評価に対する「違和感」の正体を明らかにしつつ、組織開発の観点から見た評価制度の再設計方法について、実践的に掘り下げていきます。
「評価が変われば、組織は変わる」
そんな可能性を信じて、今こそ、あなたの組織に合った“納得できる評価”を一緒に考えてみませんか?
人事評価に対する「違和感」とは何か?
「なんで評価されないのだろう」「頑張っても上司の顔色ひとつで結果が変わるなんて、納得できない」
人事評価に対する「違和感」は、静かに、しかし確実に現場に広がっています。この違和感こそが、職場のエンゲージメント低下や人材流出の原因であり、「静かな退職(Quiet Quitting)」という形で表面化することも増えています。
静かな退職とは、表向きは仕事をこなしながらも、内心ではやりがいや期待を失い、「最低限の労働」に徹するスタイルのこと。
調査によると、20代では実に46.9%が「プライベートを優先」と答えており、職場への関心や帰属意識は確実に変化しています。
このような状態に陥ったとき、現場のマネジャーや経営者は「最近の若者は意欲がない」と片づけがちですが、果たして本当にそうでしょうか?
実は、こうした違和感の根本には、「曖昧で不透明な人事評価制度」が横たわっています。『人事評価の「曖昧」と「納得」』(江夏幾多郎)では、人事評価における「不満と不安」が、職場全体の不信感につながっていると述べられています。業績や能力を評価すると言いながら、実際の評価プロセスは明確な基準を欠き、結果が「妥当」と感じられないことが多いのです。
こうした中で社員が感じるのは、「自分の努力は見られていない」「上司のさじ加減ひとつで人生が決まるのか」という強い無力感です。これはやがて、「もうどうでもいい」「期待しない」という諦めへと変わっていきます。
「頑張っているのに評価されない」という違和感の裏には、「評価の基準が見えない」「評価が成長や報酬につながらない」といった構造的な問題が潜んでいるのです。
このような背景があるにもかかわらず、多くの企業では評価制度を「処遇決定のツール」としてのみ捉えています。しかし、本来人事評価は、組織の価値観を共有し、個人の成長を支援する「コミュニケーションの道具」であるべきです。
「そうか、評価って、ただ給料を決めるものじゃないんだ…」
そう気づいたとき、私たちは初めて、人事評価の本当の意味に向き合う準備ができるのかもしれません。
なぜ評価に納得できないのか?構造的な原因
「そもそも、何を基準に評価されているのか分からない」
これは多くのビジネスパーソンが抱える疑問です。
評価制度があるにもかかわらず、社員の間には常に「不透明感」と「不信感」が漂っています。その原因は、実に構造的な問題に根ざしているのです。
人事の専門家・西尾太氏の著書『人事の超プロが明かす評価基準』によれば、日本企業の約9割は、具体的な評価基準をきちんと整備していないのが現状だといいます。そのため、評価は「上司の主観」に大きく左右されやすく、「何をすれば評価されるのか」が社員に共有されていないのです。
特に中小企業では、評価制度が「あるようでない」状態になりやすく、結果的に処遇や昇進は「上司に気に入られるかどうか」で決まるという誤解さえ生まれます。
「評価がキャリアや処遇を左右するのに、何をすればいいかは誰も教えてくれない」――これでは、社員が納得できるわけがありません。
さらにややこしいのが、「成果主義」や「能力主義」といった評価スタイルの導入です。
本来、成果主義は「結果を重視する合理的な仕組み」として期待されていましたが、現場ではむしろ評価の曖昧さを助長してしまっているケースが少なくありません。
その理由の一つは、「成果」がチームプレーや環境要因にも左右されるものであるにもかかわらず、それを個人の能力として評価しようとする制度のミスマッチです。江夏幾多郎氏も、人事評価において「評価する側すら評価基準に確信が持てない」という矛盾を指摘しています。
また、もう一つ見逃してはならないのが、人事評価の「存在意義の変化」です。以前は評価=処遇(給与・昇格)のための道具でしたが、現在は評価が「承認」「意味づけ」「対話」の役割も担うようになっています。「評価される」という行為自体が、自分の存在や努力が認められているという“組織からのメッセージ”になる時代になっているのです。
つまり、評価制度とは単に制度設計だけの問題ではなく、組織文化や上司部下の関係性、さらには企業としての価値観にまで関わる、極めて本質的な問題なのです。
「うちの会社の評価制度は時代遅れかもしれない…」
そう思い当たった経営者や人事担当者の方もいるかもしれません。実際、納得感のない評価制度は、いくら給与を上げても、エンゲージメントや定着率の向上にはつながりません。むしろ不信を助長する危険性があります。
「制度を変える」ことはもちろん大事ですが、まず必要なのは、「何を評価し、なぜそれを評価するのか」を組織全体で再定義すること。そして、その再定義を支える「対話の文化」や「関係性の質」の見直しこそが、真に求められているのです。
組織開発視点で捉える人事評価
「人事評価を変えるだけで、職場の雰囲気まで変わるなんて思ってもみなかった」
ある中小企業の経営者が、評価制度を見直した後に漏らした言葉です。
この「人事評価」というテーマは、単に処遇や制度の問題にとどまらず、組織そのものの在り方を問う視点が必要です。ここに、組織開発(OD:Organizational Development)の考え方が生きてきます。
組織開発の基本思想は、「組織は人の集合体であり、人が変われば組織も変わる」ということです。そして、人が変わるためには、「関係性」「対話」「内省」「気づき」が不可欠です。つまり、評価もまた“組織を変えるためのレバー”として設計し直す必要があります。
シャイン親子による『謙虚なリーダーシップ』では、上司と部下の関係性を「レベル2:全人格的な関係」へと高めることの重要性が語られます。この関係性があってはじめて、評価というフィードバック行為が単なる通知ではなく、相手の成長を支援する対話になり得るのです。
例えば、日常の1on1で「最近、何に困ってる?」「君がこの1ヶ月で成長したと思えることは?」といった対話が自然に行われている職場では、評価も納得されやすくなります。なぜなら評価は“イベント”ではなく“日常の延長線”だからです。
また、『人と組織の行動科学』(伊達洋駆)でも、評価の本質は「動機づけと行動の方向づけ」にあるとされます。評価がきちんと意図を持って伝えられれば、部下は自らの行動を変容させ、成長の糧とすることができます。
ここで大切なのが、「評価=制裁」ではなく、「評価=支援」と捉えるマインドセットです。組織開発では、評価を「個人と組織の関係性を高めるための手段」と位置づけます。
また、キーガンとレイヒーによる『なぜ人と組織は変われないのか』では、「人は不安を回避するために変化を拒む」という構造が示されています。この点から見ても、評価における「安心感」と「納得感」が、変容への大前提になることが理解できます。
「うちの会社には評価制度がある。でも、誰もそれを信じていない」
そうした状況に対して、評価制度そのものを見直すだけでなく、評価を取り巻く関係性や対話の質を問い直す。それが、組織開発的な人事評価の第一歩なのです。
「人事評価を変える」のではなく、「評価を通じて関係性を変える」。この視点こそが、真の組織変革を導く鍵となります。
新時代の人事評価制度設計のヒント
「評価って、もっとシンプルに、でも“意味のあるもの”にできないんだろうか?」
こうした声は、制度に疲弊した現場からよく聞こえてきます。
令和時代の組織が直面する最大の課題は、「制度として機能し、かつ人間として納得できる評価」をいかにデザインするかにあります。ここでは、そのヒントをいくつかご紹介します。
まず着目したいのは、評価項目の再設計です。従来の評価制度は「成果」「スキル」「勤務態度」などの指標に基づいて構築されてきました。
しかし、これでは社員の内面やプロセスが反映されず、評価される側の納得感を得にくいのが実情です。
西尾太氏の『人事の超プロが明かす評価基準』では、優れた評価制度とは「行動」「プロセス」「価値観」に結びついていることが重要だと説かれています。
たとえば、単に「売上目標を達成した」だけではなく、「その成果をどう生み出したか」や「組織への良い影響をどう与えたか」を加味してこそ、公正な評価が可能になります。
また、曖昧さの中に“納得”を見出す設計も大切です。江夏幾多郎氏は『人事評価の「曖昧」と「納得」』の中で、「完全な明確化より、柔軟性を持たせる設計の方が現場に適応しやすい」と指摘します。つまり、評価は一律化するよりも、個々の状況に応じた柔軟な対話を前提とするべきなのです。
実際、最近注目されている「パフォーマンス・マネジメント」では、年間1回の評価ではなく、定期的な1on1と目標修正を繰り返すことで、プロセスを可視化し、納得感を醸成しています。この動きは、制度中心から“運用中心”への大きなシフトを意味しています。
運用面でのもう一つの要点は、「評価の透明性と説明責任」です。社員が納得するためには、「なぜそう評価されたのか」「何をすれば次につながるのか」を知ることが不可欠です。ここで大切なのは、上司が“査定者”ではなく“支援者”として機能すること。評価者訓練においても、フィードバックの技術と共感的な姿勢の育成が求められます。
また、制度としての公平性と、感情としての納得感を両立させるためには、第三者の視点を加える「多面評価(360度評価)」の導入も有効です。特に小規模な組織では、上下関係の偏りが評価に影響しやすいため、同僚や部下の声が制度の信頼性を高めます。
最後に何より大切なのは、「評価制度が組織の価値観と結びついていること」です。制度は戦略の写し鏡です。『理念経営2.0』(佐宗邦威)では、評価制度が「組織が大切にしたい理想像」に根ざしていなければ、制度だけが浮いてしまうと語られています。
つまり、制度の前に理念あり。何を大切にする組織なのかを明確にし、それに沿って「評価基準」「運用ルール」「対話の文化」を設計していく。それが、新時代の人事評価のあるべき姿です。
評価が変われば、組織が変わる
「評価制度を見直したら、なぜか職場が前向きになった気がする」
これは、ある中小企業の部長が改革後に語った一言です。人事評価を単なる“給与査定の手段”と捉えると見過ごしがちですが、実はその見直しが組織文化や社員の行動に大きなインパクトを与えるのです。評価制度の改善は、組織そのものを変えるレバーになり得ます。
まず、評価が「人を伸ばす道具」へと変化することで、社員の成長志向が高まります。これまで「何のために頑張っているのか分からない」と感じていた人が、「評価の観点が明確になったから目標が持てるようになった」と自発的に学習や挑戦を始めるのです。
例えば、『チームが自然に生まれ変わる』(堀田創・李英俊)では、職場における「熱量のギャップ」が組織の活力を奪う原因とされており、その是正にはリーダーの関与と“認識の一致”が不可欠であると説かれています。この“認識の一致”を促す手段の一つが、まさに評価制度の再構築なのです。
人事評価は、制度という“型”を通じて、組織が「何を大切にしているか」を社員に伝えるメッセージです。裏を返せば、制度が整っていないということは、「大切にする価値観が組織に浸透していない」ということでもあります。
『理念経営2.0』(佐宗邦威)では、理念と戦略をつなぐ架け橋として評価制度の見直しが位置づけられています。理念が単なるスローガンで終わらないためには、「それに沿った評価」が必要であり、評価こそが日々の行動に理念を埋め込む装置になると述べられています。
また、組織全体としてのパフォーマンスにも大きな違いが生まれます。評価制度が機能すると、「どうすれば期待される成果を出せるか」という前向きな議論が活性化され、結果としてチーム全体の成果にもつながります。
たとえば、評価が明確になったことで、社員同士が「ここはもっとこうした方が良いのでは?」とフィードバックをし合えるようになったという事例もあります。これは評価制度が「対話を生む仕組み」に進化した証拠です。
さらに、評価制度の整備は離職率の低下にもつながります。人事制度が不明確な職場では、優秀な人ほど「ここにいても評価されない」と感じて早期に離職してしまいます。しかし、制度が透明で、納得できる評価がなされている職場では、「この会社にいたら、自分は成長できる」という信頼感が生まれるのです。
中小企業こそ、こうした制度改革の効果が表れやすい土壌です。大企業と異なり、人事や評価が属人的になりがちだからこそ、少しの制度化や運用改善でも現場に与えるインパクトは非常に大きいのです。
「評価を変えたら、会社が変わった」
これは決して大げさな話ではありません。評価制度は、組織を動かす“見えないエンジン”であり、そこに手を入れることは、経営の本質に向き合うことと同義なのです。
まとめ:人事評価を問い直すことは、組織の未来を問い直すこと
本記事では、「なぜ社員は評価に納得しないのか? ― 組織開発視点で考える新時代の人事評価」というテーマをもとに、人事評価の本質と課題、そして変革の方向性を5つのブロックに分けて紐解いてきました。
まず、評価に対する「違和感」は決して個人の感情だけで語られるべきものではありません。それは、「静かな退職」という形で現れる組織課題の前兆であり、社員が仕事に意義を見出せなくなった結果です。評価制度の不透明さや納得感の欠如は、組織の信頼や活力そのものを削ぐ要因となっています。
その背景には、明文化されない基準、属人的な運用、成果主義の誤用といった構造的な課題があります。評価とは単なる数値化の手段ではなく、組織の価値観や文化と密接に結びついたプロセスであるべきです。
ここで組織開発の視点が重要になります。評価制度を「制度」として捉えるだけでなく、「関係性を育む装置」として設計し直すことで、社員の成長と組織の進化を同時に促すことができます。シャインの提唱する「レベル2の関係性」や、キーガンの「免疫マップ」などの理論は、評価を“対話と変容のきっかけ”として再定義するうえで非常に有用です。
実践的な制度設計のヒントとしては、評価項目を「行動」「プロセス」「価値観」に紐づけ、定期的なフィードバックを行うパフォーマンス・マネジメントの導入が挙げられます。また、評価基準の開示、1on1の対話の強化、多面評価などを通じて「評価されることの納得感」を高めていくことが重要です。
そして何より、人事評価制度は「経営理念」と結びつくべきです。どんな組織文化を育みたいのか、どんな社員像を理想とするのか——その問いに答えた先に、制度の設計があるべきです。制度は組織の戦略や思想の“翻訳装置”であるからです。
こうした改革を進める中で、実際に離職率が下がり、社員の自発的な行動が増えた企業も出てきています。中小企業においては、制度変更の柔軟性とトップの意志決定スピードを活かすことで、大企業以上の成果を生み出すことも十分に可能です。
「評価は誰かを線引きするためのものではなく、全員を活かすための仕組みだ」
この思想が根づいたとき、評価制度は「恐れの象徴」から「信頼と成長の起点」へと生まれ変わります。
人事評価の見直しは、単なる制度改訂ではありません。それは組織が自らの価値観と未来に向き合う、大きな変革の第一歩なのです。