なぜ御社の経営理念は誰も覚えていないのか?

経営理念が“効かない会社”の実態

「うちの会社にも一応、理念はあるんだけど……」

そんな言葉を、あなたは聞いたことがないでしょうか。あるいは、あなた自身がそう感じているかもしれません。

実際、多くの企業で経営理念は「ある」けれど、「生きていない」状態にあります。筆者が支援する中小企業の社長からも、こんな声を頻繁に聞きます。

「社員が理念を覚えていない」
「理念を掲げたけど、業績や組織に何の変化もなかった」
「毎朝の唱和も形式的で、意味を感じていないようだ」

なぜ、せっかくつくった経営理念が、組織に力を与えていないのでしょうか?

そのヒントが、佐宗邦威氏の著書『理念経営2.0』にあります。同書では、ある経営者の悩みが紹介されています。「業績は伸びているが、社員が次々と辞めていく」「理念はあるが、誰も覚えていない」という状況です。これはまさに、「理念が効かない会社」の典型です。

多くの企業が、「理念はあればいい」と考え、ビジョンやミッションを立派に定義します。しかし、それを「社員の日常の判断基準」や「行動の理由」にまで落とし込めていないのです。

社員の心の声はこうです。

「言ってることはキレイごと。でも現実は数字、数字、また数字じゃん」

このギャップが、社員のモチベーションを下げ、理念不信を招き、最終的には離職というかたちで表れてしまうのです。

さらに問題なのは、理念をトップだけの“お飾り”にしてしまっているケースです。社員が「理念=社長の好きな言葉」と捉えているうちは、浸透するはずがありません。

では、どうすれば経営理念が“生きた言葉”として社内に息づき、社員の背中を押す存在になるのでしょうか?

理念を“掲げる”から“活かす”へ

「理念はある。でも、それがどう活かされているかと聞かれると…正直わからない」

これは筆者がヒアリングした中小企業の幹部社員の言葉です。実は、多くの企業が「理念の掲示」にまではたどり着いていても、それを「活用」する段階には至っていません。

では、そもそも「経営理念を活かす」とはどういうことでしょうか?

佐宗邦威氏の『理念経営2.0』では、理念をただの言葉ではなく、「理想と戦略をつなぐハブ」と位置づけています。つまり、企業が将来どうありたいかという「理想(パーパス)」と、それを実現するための「戦略・事業計画」とをつなぐ“翻訳装置”として機能すべきだというのです。

「なるほど。でも、どうやって?」

そう感じた方にとってヒントになるのが、『コンテクスト・マネジメント』(野田智義)で語られる「文脈の設計」です。経営者の語る言葉を、社員一人ひとりが“自分ごと”として捉えるには、「理念を文脈化」する必要があります。

たとえば、ある製造業では理念のひとつに「地域社会への貢献」を掲げていましたが、社員にとっては「何をすればいいの?」という曖昧な言葉でした。そこで、「毎月地域清掃に参加する」「地元学生のインターン受け入れを強化する」など、理念に基づく具体行動を設定したことで、社員の行動と理念が結びつくようになったのです。

このように、理念は“掲げて終わり”ではなく、“日々の選択や行動にどう結びつくか”が問われています。経営者自身がその橋渡し役を担う覚悟がなければ、理念は単なるスローガンに堕してしまうのです。

読者のあなたも、心の中でこう思っていませんか?

「理念に従って動けと言われても、結局は売上最優先なんでしょ?」

この「理想と現実のねじれ」を解きほぐすことこそが、現代の経営者に求められている役割です。そして、それが「理念を活かす」第一歩なのです。

理念を浸透させるための7つのステップ

「うちも理念をつくった。でも、現場にどう伝えればいいのか…正直わからない」

経営者が口を揃えて漏らすこの悩み。理念を「言葉」にすることはできても、それを「行動」にまで落とし込むのは至難の業です。ここで紹介したいのが、『理念経営2.0』(佐宗邦威)で提示される「理念を浸透させるための7つのステップ」です。

その7ステップとは以下の通りです。


【理念浸透の7ステップ】

  1. パーパス(存在意義)を問い直す
    • 「我々はなぜこの仕事をするのか?」を経営者自身が腹落ちさせる。
  2. 未来のビジョンを言語化する
    • 理想とする社会や事業の姿を明確に描き出す。
  3. バリュー(価値観)を定義する
    • 日常の行動基準となる「判断軸」をチームで合意する。
  4. “象徴”をつくる
    • 理念を象徴するストーリー、言葉、空間、ロゴなどをデザインする。
  5. 共感をつくる体験を設計する
    • 社員が理念に“触れ、感じる”場を意図的に設ける。
  6. 日々の業務と理念を接続する
    • 朝礼や1on1、評価制度など日常の仕組みと結びつける。
  7. 理念を起点とした戦略設計に進化させる
    • 理念が意思決定や事業戦略の前提となる状態を目指す。

「なるほど。やることは多いな…でも、これをやらなきゃ意味がないのか」

そう思われた方もいるでしょう。でも安心してください。この7ステップは一気に完璧を目指すものではなく、「経営者が問い直し、組織が一歩ずつ理念と向き合う」ための地図です。

たとえばステップ4の“象徴づくり”では、理念を壁に掲示するだけでなく、社員が語り合ったエピソードや苦労話を記録に残すことが有効です。ある企業では「理念を体現した社員の行動」を毎月共有する場を設けることで、理念が“自分ごと”に変わっていきました。

そして特に重要なのがステップ6、「日々の業務との接続」です。評価制度や研修内容に理念が反映されていない会社では、社員にとって理念は“建前”にしか映りません。

「どうせ評価されるのは売上と成果。理念は関係ないでしょ?」

そんな心の声が飛び交う組織に理念が根づくことはないのです。

逆に言えば、経営者がこの7ステップを一つずつ丁寧に踏んでいくことが、社員の意識を変え、組織を変え、最終的には会社の未来を変える力になるのです。

失敗する理念経営と成功する理念経営の違い

「うちも理念経営に取り組んでいるんですよ。でも…正直、何が正解なのか分からなくて」

こう語る経営者は少なくありません。

理念経営という言葉だけが独り歩きし、「理念=ポスター」「理念=唱和」といった形式的な取り組みで終わってしまう企業が多いのが現実です。

では、理念経営が“機能していない会社”はどこでつまずいているのでしょうか?

『理念経営2.0』(佐宗邦威)では、理念が組織に浸透しない最大の要因は「理念が経営者の独白になっていること」だと指摘しています。つまり、社員からすると理念は「社長が勝手に言っているもの」「現実とは関係ない世界の話」と見えてしまっているのです。

社員の心の声はこうです。

「また新しいスローガンか…。どうせすぐ忘れられるでしょ?」

このような“冷めた空気”が漂う組織では、理念がどれだけ立派でも、社員の行動を変えることはできません。

一方で、理念を経営の軸として実際に機能させている企業もあります。たとえば、キーエンスは徹底的に現場の“思考習慣”に踏み込んでおり、理念や価値観を日常の会話にまで落とし込んでいます。『キーエンス流 性弱説経営』では、「人は弱いからこそ、仕組みで行動を正す」という考え方のもと、理念を“構造化された日常”に組み込む方法が描かれています。

また、理念経営に成功している会社は、「理念=判断基準」として全社員に共有されているのが特徴です。たとえばあるIT企業では、社員が日々の業務判断で迷ったときに、「この行動はうちの理念に沿っているか?」と自問する文化が根づいています。

この違いはどこから生まれるのでしょうか?

成功する理念経営の共通点は以下の通りです:

  • 理念を経営者だけでなく、社員と一緒につくる
  • 理念を“現場での意思決定”と結びつける
  • 理念を評価・採用・研修などの仕組みに反映する
  • 理念を“ストーリー”で語り、腹落ちさせる

つまり、理念を“経営の演出”ではなく、“現実の選択基準”として使っているのです。

一方で、失敗する理念経営にはこうした実装プロセスが欠けています。ただ言葉を並べ、ポスターを貼って、満足してしまう。「経営理念はあるけど、誰も使っていない」という状態に陥っているのです。

「理念は社員のためにある」と思っていませんか?

実はそれは逆で、「理念はまず経営者が本気で信じ、日々の経営判断に使ってこそ、社員も動き出す」のです。

経営者が持つべき“問い”と“覚悟”

「経営理念を社員に浸透させたいんです」

そう相談してくる経営者の多くが、実は無意識に“ある落とし穴”にはまっています。それは、「社員に理念を理解させよう」とするあまり、肝心の「自分は本当に理念を信じているか?」という問いから目を背けてしまっていることです。

『完全なる経営』(アブラハム・マズロー)は、経営の本質を「人間の自己実現」ととらえています。つまり、経営とは「経営者自身の生き方そのもの」なのです。社員に理念を語る前に、経営者自身がその理念にどれだけ心を動かされ、日々の意思決定においてそれを軸にできているのか。そこにこそ、すべての出発点があります。

マズローはこう語ります。

「経営とは、働く人々が自己実現できるようにする環境づくりである」

では、問い直してみましょう。

「自社の存在意義は何か?」
「私たちは、何のために働いているのか?」
「この理念は、社員にどんな未来を約束できているか?」

この問いに即答できないうちは、理念は組織を動かす力にはなりません。

『謙虚なコンサルティング』(エドガー・シャイン)では、「支援者はまず“問いかける姿勢”から始めよ」と説いています。経営者もまた、「答えを与える存在」から、「問いを共に探す存在」へと変わることが求められているのです。

ある製造業の経営者は、社員と一緒に理念をつくりなおすワークショップを実施しました。「私たちは何のためにここにいるのか?」という問いを中心に据え、全員で徹底的に語り合ったのです。結果、社員の口から「今まで理念なんて興味なかった。でも、今回は違う。本当にこの会社にいたいと思えた」という言葉が出てきました。

読者のあなたの中にも、こんな気持ちが芽生えているかもしれません。

「正直、理念なんて“キレイごと”だと思ってた。でも、ここまで本気で取り組めば、確かに人は動くかもしれない」

理念を「作る」のではなく、「信じる」こと。理念を「掲げる」のではなく、「生きる」こと。そして、社員に理念を「守らせる」のではなく、経営者が理念を「体現する」こと。

その覚悟を持ったとき、理念は単なる言葉ではなく、組織の“血肉”として流れ始めます。

まとめ:理念は“生きる言葉”になったとき、企業は変わる

経営理念――それは、単なるお飾りのスローガンではありません。本来、理念とは「組織の魂」であり、「なぜ私たちはこの事業をしているのか?」という根源的な問いへの答えであるべきです。

本記事では、理念が機能しない企業の実態からはじまり、理念を「活かす」ための発想の転換と7つの実践ステップ、そして失敗と成功の分岐点を明らかにしてきました。そして最後に、理念を真に機能させるためには、「経営者自身の信じる力と覚悟」が不可欠であることを強調しました。

いま、経営者としてあなたに問いたいのです。

「あなたは、理念を本気で信じていますか?」
「その理念を、自分自身の経営判断の拠り所にしていますか?」

もしこの問いに明確にYESと答えられないとしたら、まずはそこから始めるべきです。

社員に理念を語る前に、経営者自身がその理念に向き合い、自らの言葉で語り、自らの行動で示す。それが“生きた理念”への第一歩です。

そして、“理念を中心に据える経営”は、決して特別な企業だけが実現できるものではありません。『理念経営2.0』で佐宗邦威氏が指摘したように、それはどんな規模・業種の企業でも実践可能な「共創」と「文脈」の経営です。

理念が浸透した組織は強いです。社員は自律的に動き、チームには一体感が生まれ、顧客からも信頼されます。そして、数値目標を超えた「誇り」と「意味」のある経営が実現します。

読者の心の中には、きっとこんな声が響いているでしょう。

「やっぱり、経営って“何のためにやるか”がすべてなんだな」

そうです。

理念とは、戦略や制度の“前提”であり、組織の“道しるべ”なのです。

あなたの会社にも、きっとその“魂の核”があるはずです。

それを見つけ、育て、共に歩む旅に出ましょう。

経営理念を“生きる言葉”に変えたとき、企業は本当に生まれ変わります。