「最近、いい人が採れない」
「せっかく採用してもすぐ辞めてしまう」
──こんな悩みを抱えていませんか?
今、多くの中小企業で“人が集まらない・定着しない”という人材課題が深刻化しています。給与や福利厚生を見直しても改善しないとしたら、必要なのは“理念”かもしれません。
本記事では、経営理念を「採用」と「人材定着」にどう活かすかを実践的に解説します。共感で人を惹きつけ、理念で人を育てる──そんな組織づくりを目指す方にこそ、ぜひ読んでいただきたい内容です。
はじめに:採用難・離職増時代に求められる組織のあり方
「最近、いい人が採れないし、すぐに辞めてしまうんだよ…」
これは、私が日頃お付き合いしている中小企業の経営者からもっともよく聞く悩みのひとつです。採用市場は売り手優位。しかもZ世代を中心に「やりがい」や「共感できる企業文化」が職場選びの大きな判断軸となっており、単に給与や待遇を良くしただけでは、もう人は動かなくなってきています。
「せっかく新卒を採っても、3年以内に半分以上辞めていく…」
「求人広告を出しても応募が来ない…」「ようやく入った人材も、期待していたほどの戦力にならない…」
多くの経営者がそんな悩みを抱えているのではないでしょうか。
一方で、こうした時代においても、毎年しっかりと「共感採用」を実現し、社員が定着して活躍している企業もあります。彼らに共通しているのは、ある重要な考え方を軸にして組織づくりをしていることです。
それが──「理念経営」です。
理念経営とは、企業の存在意義(パーパス)や価値観、使命(ミッション)を明文化し、それを「組織の共通言語」として機能させる経営スタイルです。ただ経営理念を掲げるのではなく、それを社員一人ひとりの行動にまで落とし込むことにより、「うちの会社で働く理由」に共感してもらえる仕組みをつくります。
たとえば、書籍『理念経営2.0』(佐宗邦威)では、経営理念が「会社の理想と戦略をつなぐ」ものであり、採用から育成、評価、ブランディングまで一貫して浸透させることで、人材のエンゲージメントと定着率を劇的に高めることができると説かれています。
「ただ年収を上げただけでは人は定着しない。『ここで働きたい』と思わせる理由がなければ、優秀な人ほど去っていく」
──そんな声に対して、経営理念をベースにした採用と定着のアプローチは、実は非常に合理的で現実的な解決策となります。
これからの記事では、理念がなぜ人材戦略の中心となるのか、どのようにして採用・定着に活かせるのか、そして実際の企業事例を交えながら、具体的な実践方法を紹介していきます。
経営理念がなぜ採用・定着に効くのか?──心理的契約の視点から
「この会社の考え方に共感しました。だからここで働きたいんです。」
こんな応募者の言葉を聞いたことがあるでしょうか。これはただの美談ではなく、理念経営がもたらす実際の効果を示すエピソードです。
採用や定着において、最も見落とされがちなポイントのひとつが「心理的契約(Psychological Contract)」です。これは、雇用契約には明記されない、従業員と企業との間の「暗黙の期待関係」のことを指します。待遇だけでなく、「この会社は自分を大切にしてくれる」「自分の価値観と合っている」という感覚が、モチベーションや忠誠心に大きく影響するのです。
この心理的契約が満たされていないと、社員は「期待と違った」と感じて離職してしまいます。しかし逆に、経営理念が心理的契約の軸になっていると、「理念への共感=働く意義」となり、自然と定着率が上がるのです。
たとえば、理念経営の代表例として知られるパタゴニア社では、「環境保護のためにビジネスをする」という明確なミッションを掲げ、それに共感した社員が集まります。採用段階でその価値観に共鳴できない人は自然とフィルターにかかり、残った人は入社後の仕事に強い納得感と使命感を持ちやすくなるのです。
「価値観を共有する社員と働きたい」「この会社の一員でありたい」と感じることが、給与や福利厚生以上に人材の定着に寄与することを、私たちは現場で何度も目にしてきました。
また、理念があることで、社員は日々の仕事の判断にブレがなくなります。「この判断は、うちの理念に照らしてどうか?」というフィルターが存在するため、現場の意思決定が速くなり、職務への主体性が増していくのです。
『完全なる経営』(アブラハム・マズロー)でも、自己実現欲求を満たす職場こそが最も生産性の高い組織であると語られています。そしてこの自己実現は、まさに理念との一致、働く意義の自覚によって促進されるのです。
「なんのために働くのか?」
──この問いに答えられる組織が、採用と定着に強くなる。
それが理念経営が持つ、最大の力なのです。
理念を活かす実践ステップ──採用編・定着編
「理念は掲げているけれど、うまく活用できていない気がする…」
そんな経営者の悩みは少なくありません。理念経営を採用や定着に本当に活かすには、単に「社是」や「ミッションステートメント」として壁に飾るだけでは不十分です。理念を“生きたもの”として機能させるためには、実務と結びつけるステップが必要です。
ここでは、「採用」と「定着」の2つの段階に分けて、理念を活用する具体的な方法をご紹介します。
【採用編】理念で“惹きつける”仕組みをつくる
① 求人原稿に理念を反映させる
求人票や採用ページには、必ず自社のミッションやビジョンを記載しましょう。たとえば、「私たちは“誰もが安心して暮らせる地域を創る”ことを使命としています」など、会社の存在意義をストレートに表現することがポイントです。
このとき、理念に共感するような人物像(バリュー人材)も明記すると、カルチャーフィットする応募者が集まりやすくなります。
② 面接で理念への共感を確認する
採用面接では、「理念に対してどのような印象を持ちましたか?」「この理念を体現した経験はありますか?」など、価値観に関する質問を取り入れましょう。理念への共感度を確認することで、入社後のミスマッチを未然に防ぐことができます。
③ オンボーディングで理念を浸透させる
入社後の初期研修では、理念の背景や意味、創業者の想いを伝えましょう。ストーリーテリングを交えることで、「理念=会社の軸」であることが深く伝わります。
【定着編】理念で“支える”仕組みをつくる
① 評価制度に理念を反映させる
理念を行動指針に変換し、「○○のバリューを体現しているか?」という視点で人事評価を行います。たとえば「チームワーク」「誠実さ」「社会貢献」といった価値観に基づいた具体的な行動を評価項目に組み込むのです。
② 社内表彰・賞与に理念を活用する
理念に基づいた行動をした社員を「理念賞」として表彰するなど、組織内でのロールモデルを可視化する取り組みも有効です。「自分の行動が理念に合っている」と実感できることで、社員の誇りと定着意欲が高まります。
③ 組織運営に理念を日常化する
会議の冒頭に理念を唱和する、経営会議で意思決定の際に「理念に照らしてどうか?」を問うなど、理念を日常の中で自然と意識する工夫が求められます。
「理念経営2.0」では、こうしたステップを「見える化・浸透・仕組み化・言語化・対話化・制度化・再定義」の7段階に分類して解説しています。理念をいかに“運用”し、“体験”に変えるかが、成功の鍵なのです。
「理念はある。でも人が辞める」。
それは理念がまだ“使われていない”だけかもしれません。
理念と制度をつなぐ仕組みづくり──人事制度・育成制度の工夫
「理念に共感してもらえれば辞めないはずなのに…」
そう思っていても、現実は違う──そんな経験はありませんか?
実は、理念に共感するだけでは人は定着しません。
理念を“行動”や“仕組み”と結びつけて初めて、理念は組織の文化として根づき、人を支える力になります。つまり、理念経営を機能させるには、それを制度に落とし込む必要があるのです。
【人事制度と理念の接続】
■ 人事評価の軸に理念を組み込む
理念に基づく行動評価を明示し、「理念に即した行動=評価される行動」であるという認識を全社で統一します。例えば、キーエンスでは「性弱説」に基づく行動の徹底が全社員に求められており、評価にも直結しています。弱さを前提に仕組みで行動を促す考え方です。
このように、理念に基づいた評価制度があることで、社員は日々の行動を内省しやすくなり、組織全体の価値観に一体感が生まれます。
■ 昇進要件に理念理解・実践を設定
役職登用に際して「理念の理解・実践度」を要件とすることで、上司の言動そのものが理念を体現するようになります。理念が人事上の“通過点”であり“方向性”でもあると示すことは、部下への影響力という点でも極めて重要です。
【育成・教育制度と理念の接続】
■ 理念体験型の研修を導入する
座学ではなく、理念を体感する研修プログラムの導入が効果的です。たとえば、実際の顧客体験や社会貢献活動を通して理念の背景を“腹落ち”させるプログラムは、「理念が自分ごとになる」きっかけとなります。
たとえば理念に「地域への貢献」があるなら、社員が地域の清掃活動やワークショップに参加することが研修の一環となるケースもあります。
■ 1on1面談で理念を再確認
上司と部下の定期的な1on1の中で、「最近どんな場面で理念を意識したか」「会社の理念と自分の仕事のつながりをどう感じているか」など、内省を促す問いを投げかけましょう。理念が単なるスローガンではなく、個人の成長や価値観と結びついた“行動原理”になることが理想です。
制度と理念が断絶していると、社員にとって「理念=ただのキレイごと」になってしまいます。逆に、理念が評価・育成にしっかりと組み込まれていれば、それは社員にとって“行動の指針”となり、組織のエネルギー源となります。
理念経営は、口先で語るものではなく、「制度の中で語るもの」──その認識が定着すれば、人材の定着も加速するのです。
事例で学ぶ!理念経営を人材戦略に活かした企業たち
理念を組織の中核に据えて人材戦略に成功した企業には、いくつかの共通点があります。
ここではその実例を3社取り上げ、「どのように理念を活用し、採用と定着につなげているか」を見ていきましょう。
事例①:ザッポス(Zappos)──「カルチャーに合う人しか採らない」
オンライン靴販売で知られる米ザッポス社では、採用における最重要基準が「カルチャーフィット」。候補者が同社の企業文化(コアバリュー)に共感し体現できるかどうかが合否を左右します。
さらに特徴的なのは「オファー・ボーナス制度」。入社研修後に「辞めたい人には2000ドルを支払う」という制度があり、本気で理念に共感した人だけが残る仕組みを整えています。結果として、社員のエンゲージメントと定着率は非常に高く、「理念に根ざした組織文化」の成功例として世界的に有名です。
事例②:中川政七商店──「百年企業」の理念を体現する人材戦略
創業300年を超える老舗企業・中川政七商店は、「日本の工芸を元気にする」という理念を明文化し、その実現に向けて新卒採用や育成を強化しています。
新入社員は入社後すぐに、奈良本店で理念を体感する研修を受け、「商品に込められた思い」を学びます。また、バイヤーや広報、販売スタッフなど、全社員が共通の理念をもとに商品開発や接客を行うため、自然と組織文化が形成されています。理念が“軸”になっているため、若手の離職率が非常に低く、長期的な成長が実現されています。
事例③:コトラーが語るデジタル時代の理念活用(マーケティング5.0)
『コトラーのマーケティング5.0』(フィリップ・コトラー)では、デジタルテクノロジーの時代においても、「人間のためのテクノロジー」という理念が組織の信頼性と競争力を高めると述べられています。特にZ世代やアルファ世代といった“価値観重視”の若年層にとっては、「何のための事業か」が最大の選定基準となり、理念の明示が採用力のカギを握るとしています 。
これらの企業は、「理念を掲げる」だけでなく、それを採用・育成・評価・行動にまで一貫して落とし込んでいます。
「理念に共感できる人だけが入社し、その理念に従って行動し、評価され、育成される」
この一貫性が、エンゲージメントと定着を支える組織文化を生み出すのです。
「理念で人が集まる会社」は、つくれる
「働く意味を見出せない」「自分の価値観と会社が合わない」──こうした理由で人が辞めていく時代において、企業に求められるのは“共感される存在”であることです。
給与や待遇ではなく、「なぜここで働くのか?」という問いにしっかりと答えられる会社。そんな企業が選ばれ、残り、伸びていく時代です。
本記事では、理念経営がどのように採用力を高め、離職を防ぐかについて、以下の5つの観点で解説してきました:
- 採用難・離職時代の背景と理念の必要性
- 心理的契約と理念の相関関係
- 採用と定着のための実践ステップ
- 制度と理念を接続するための仕組み
- 理念を活かした先進企業の事例紹介
いずれにも共通するのは、「理念を実践の場に落とし込む」という視点です。理念は経営者の思いを可視化した“羅針盤”であり、それが全社員に共有されてこそ、組織はひとつの方向に向かって進むことができます。
『理念経営2.0』(佐宗邦威)では、理念を「理想と戦略をつなぐもの」と位置付け、実務レベルに落とし込むための7ステップが提案されています。理念を「掲げる」のではなく「運用する」。これが、持続的な成長と人材定着を可能にする鍵なのです。
「うちの会社に来てほしいのは、こういう人だ」
「だから、こういう理念を掲げている」
「この理念を、一緒に体現していこう」
そう語れる会社は、たとえ中小企業でも、確実に人を惹きつける力を持っています。
理念を語ろう。理念を仕組みにしよう。理念で、組織を一つにしよう。
その先に、「理念で人が集まり、人が辞めない会社」が見えてくるのです。